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広島高等裁判所 昭和39年(行コ)2号 判決

控訴人(被告) 山口県知事 外三名

被控訴人(原告) 金子正子

主文

原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。

被控訴人の各主位的請求を棄却する。

被控訴人の各予備的訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等はそれぞれ、「原判決中控訴人等敗訴部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とする、」との判決を求めた。

被控訴人の請求の趣旨並びに当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、つぎの一ないし五に記述するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、原判決二枚目裏第九行中の「無効であることを確認する。」の次に「前記各許可処分が無効でないとすれば右各許可処分を取消す。」を加える。

二、被控訴代理人は、「本件各売渡処分の無効確認並びに各所有権移転許可処分の無効確認及び取消の訴は、本件各買収処分の無効確認の訴が認容されないばあいの予備的請求である」とのべた。

三、被控訴代理人は、「本件各買収処分は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第二号所定の小作地にあたるとされたものである」とのべた。

四、五、(第一、二審証拠省略)

理由

第一、

一、原判決添付目録記載の各土地は金子竜二良の所有であつたが、同人が昭和二〇年五月八日死亡し、金子芳助が家督相続により右所有権を取得したところ、控訴人山口県知事が、前記目録甲記載の土地(以下甲地と略称する)につき昭和二二年七月一〇日付、買収時期を同月二日とする買収令書を同年一一月一四日前記芳彦に交付し及び同目録乙記載の土地(以下乙地と略称する)につき昭和二三年三月一〇日付、買収時期を同月二日とする買収令書を同年五月一四日前記芳彦に交付して各買収処分をなしたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右各買収処分は自創法第三条第一項第二号所定の小作地に該当するものとしてなされたこと及び前記目録記載の右各土地の表示中「阿武町」とあるのは買収処分当時「宇田郷村」であつたところ後に町村合併により右のごとく表示が変更されたものであることが認められる。

二、控訴人山口県知事が各売渡しの相手方を控訴人金子逸郎とし、売渡時期を甲地につき昭和二二年七月二日とし、乙地につき昭和二三年三月二日として各農地売渡処分をなし、その後昭和二八年一〇月一二日金子芳彦が死亡し、被控訴人において単独で遺産相続をなし、控訴人山口県知事が、各昭和三三年一一月二七日付で、譲受人を甲地につき控訴人山下五一、乙地につき控訴人波田兼輔とする農地法第三条の各農地所有権移転の許可処分をなしたことは当事者間に争いがない。

第二、そこでまず、前記各買収処分が当然無効であるか否かについて判断する。

一、成立に争いのない甲第四、第五号証、甲第六号証の一、二、甲第八号証、原審証人近藤重夫、西村貞雄の各証言、原審における控訴人金子逸郎本人尋問の結果(第一、第二回)、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、第二回)の一部をあわせ考えるとつぎの事実を認めることができる。

控訴人金子は、被控訴人の夫亡金子竜二良の弟であり、昭和二一年五月妻子とともに外地から引き揚げ山口県阿武郡宇田郷村の被控訴人方に一時同居したが、昭和二二年初め項被控訴人方の倉庫を改造してこれに居住し、被控訴人方と世帯を別にし、同年四月頃同郡大井村、大井中学校に教員として勤務するにいたつた。当時本件各土地は前記のとおり被控訴人の子金子芳彦の所有であり、従来甲地は果樹園として、乙地は野菜畑、一部を杉等の苗床として被控訴人方において自ら使用していたが、被控訴人は被控訴人金子が被控訴人方と世帯を別にした昭和二二年初め頃、右控訴人方の生計を助けるため同人に対し甲地をそこに生立していた密柑等の果樹二〇本余の間作地として及び乙地の約半分を無償で耕作することを許し、同年暮頃、乙地の残り約半分を耕作していた前記竜二良の弟金子祿郎が耕作をやめた後は乙地全部を控訴人金子において無償で耕作することを許した。控訴人金子はその後昭和二九年九月頃勤務上一家が宇田郷村から萩市に転居するにいたるまで教員としての勤務の余暇を利用し妻とともに甲地の果樹の間作として豆、ごま等乙地に大根等の野菜類を栽培し、収穫した作物はそのほとんどを自家消費にあて、甲地の果樹は老朽し、肥培管理が不十分であつたため控訴人金子が間作を始めた頃年間約一〇貫余の密柑類の収穫がある程度で、被控訴人黙認のもとに控訴人金子においてこれを収穫した関係で同人は果樹についても若干の手入をしていたものである。

以上のとおり認めることができ、甲第八号証中及び原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、第二回)中右認定に反する部分並びに右認定に反する原審証人広石実一、波田重一(第一回)の各証言は信用しがたく、ほかに右認定をくつがえすになる証拠はない。

以上によると本件各土地は前記買収時期において自創法第二条第一項の農地であつたものというべく、その収穫物が自家消費の程度であつたことをもつてしても右条項の耕作の目的に供される土地であることを否定しえない。

二、そこで、本件各買収処分が自作地を小作地と誤認した無効のものであるかどうかであるが、行政処分が当然無効であるというには、処分に瑕疵があり、その瑕疵が重大にしてかつ明白であること、右の瑕疵の明白とは処分庁の認定の誤りであることが処分時において客観的に明白であることを要するものというべく、右の程度にいたらない瑕疵は処分の取消原因となるのはかくべつ、無効原因とはなりえないものである。そして、自創法第三条第一項第二号所定の「小作地」とは(いわゆる保有面積の点は後記四で説明する)、同法第二条第二項に「小作地とは、耕作の業務を営む者が賃借権、使用貸借による権利、永小作権、地上権または質権に基きその業務の目的に供している農地をいふ。」と定めるところであり、右の「耕作の業務を営む者」とは耕作の方法による農地の使用収益を反覆かつ継続的に行なう耕作経営の主体(土地所有者との関係において)を指し、耕作の規模が零細であることや、耕作者が耕作に専従するかどうかは問うところでないと解すべきである。

三、ところで、控訴人金子の本件土地利用状況を考えるのに、前記一、の認定事実によると、同人一家が一時被控訴人方に寄宿し生計を一にしていたこと及び被控訴人が本件各土地の耕作を許したのは、控訴人金子方の生計を補助するための恩恵的措置であつたことを考慮しても、いやしくも、前記のとおり無償で耕作を許容した以上、被控訴人が所有者金子芳彦に代理して控訴人金子との間において使用貸借をなしたものと解しうる余地が多分にあること、控訴人金子において昭和二二年から昭和二九年まで継続して耕作を行つたこと、乙地は買収当時被控訴人方において耕作していなかつたことを認めることができる。そして甲地の果樹の栽培はその耕作の主体を被控訴人方とみうるとしても、その間作は控訴人金子がなしたもので、前記認定の果樹と間作との収穫を比較し右土地全体の使用収益の重点が果樹栽培にあつたことを認めるに足る信用できる証拠はない。ところで、弁論の全趣旨によると、控訴人金子の本件各土地耕作については農地調整法第四条、同法施行令第二条第二項により必要とされた農地委員会の承認はなかつたことが認められるが、自創法第三条第一項第二号の小作地とは右の承認を経ないものを除外しないものと解すべきであり、以上によれば本件各土地は買収時において右自創法の規定の小作地に該当すると解しうる余地が十分にあつたものであり、本件各土地が被控訴人方の自作地であることが疑を容れる余地のない程度に明白であつたとはいえないものというべきである。仮に、控訴人金子が耕作の業務を営む者ではなく、その耕作は親族間の情誼により土地利用を許されたもので使用貸借として規律するにたらない事実関係にすぎず、かつ、本件各土地の耕作経営の主体(とくに甲地につき)は被控訴人方であるとみるべきものである等の理由から、本件各土地が前記規定の小作地に該当しない農地であると認めるのを相当とし、したがつて、本件各買収処分に、自作地を小作地と誤認した瑕疵があつたというべきものとしても、右誤認が買収処分当時客観的に明白であつたとはとうていいいがたいこと前記のとおりであるから、すくなくとも本件各買収処分に行政処分の無効原因である重大かつ明白な瑕疵があるとは認めがたい。

四、本件各買収につき、自創法第三条第一項第二号のいわゆる在村地主の小作地保有面積は、山口県において八反と定められていたのであるが、被控訴人は本件各買収処分は右の限度を侵害してなされたものであると主張するので、この点について判断する。成立に争いのない乙第二、第四号証、乙第六号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる甲第一二号証によると、前記金子芳彦は乙地の買収令書を受領した前記昭和二三年五月一四日当時においてなお別表記載のとおり居村宇田郷村内に合計一町一反三畝二四歩の小作農地を所有しており、その後において右小作地の一部につき更に買収処分の行われたことが認められ、右認定に反する前記甲第五号証中の記載、成立に争いのない甲第九号証、原審証人近藤重夫、広石実一、松崎源造の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)は前掲各証拠に比し信用しがたくほかに右認定を左右するにたる証拠はない。したがつて本件各買収処分にいわゆる保有面積侵害の違法はないというべきである。

五、なお、甲地の買収処分につき、その買収令書に所有者の名義が「金子竜二良」と記載されていることが当事者間に争いがないが、右の表示は、金子竜二良(前記のとおり昭和二〇年五月八日死亡)の家督相続人である買収当時の所有者「金子芳彦」と表示すべきところを右のように表示したもので、弁論の全趣旨に徴し山口県知事及び宇田郷村農地委員会において右竜二良を被買収者とする真意であつたとは認めがたくかつ、右令書受領後金子芳彦及びその母である被控訴人において右記載につきなんらの異議を唱えず同人等も右令書は金子芳助を被買収者とするものと思つていたことが認められるから、右は単なる誤記にすぎぬもので、買収の相手方を誤つた違法があるとはなしがたい。また、弁論の全趣旨によれば控訴人山下が甲地の所有権移転の許可処分をうけた後右土地とこれに隣接する被控訴人所有の宇田郷村大字宇田字宮ノ浴第二、一六〇番の一の山林との境界につき、控訴人山下と被控訴人間において争いを生じたことが認められるが、原審証人山下茂の証言、原審における控訴人金子逸郎本人尋問の結果(第二回)によれば、右争いの部分は甲地内に含まれるものと認められ、右に反する前記甲第六号証の一、二、甲第八号証、原審証人波田重一の証言(第二回)、原審における被控訴人本人尋問の結果(第二、第三回)は信用しがたく、したがつて甲地の買収につき買収地の範囲が特定しない違法があつたものとも解しがたい。

そしてほかに、本件各買収処分を無効と認むべき事由を見出しがたい。

六、したがつて、本件各買収処分が当然無効であるとの被控訴人の主張は失当であり、右処分の無効確認の訴は理由がない。

第三、以上によれば、被控訴人の前主金子芳彦は本件各買収処分により本件各土地の所有権を失つたものであるから、同人の死亡による遺産相続により被控訴人が本件各土地の所有権を承継したことを前提とする被控訴人の本件各土地の所有権確認、土地引渡、所有権移転登記手続請求はいずれも理由がない。

第四、被控訴人は本件各売渡処分の無効確認を求める(予備的請求)のであるが、前示のとおり被控訴人の前主金子芳彦は本件各買収処分によつて本件各土地の所有権を失つたものであつて、被控訴人は本件各土地の所有権を有し得ないものであるから、裁判上本件各売渡処分が無効であると判定されたとしてもなんら法律上利益をうけるものでないことが明白である。したがつて、被控訴人の右訴は訴の利益を欠くものといわざるをえない。

第五、被控訴人の本件各農地所有権移転の許可処分の無効確認ないしは取消請求の訴(各予備的請求)の適否について考える。

一、控訴人山口県知事は、右各許可処分取消の訴は、被控訴人において処分のあつたことを知つた日から六箇月経過後に提起されたものであつて行政事件訴訟特例法第五条第一項により不適法であると主張するところ、被控訴人において本件各許可処分のあつたことを知つたと自認する昭和三四年一月一三日以前に被控訴人が右事実を知つたものと認むべき資料はなく、被控訴人が右の日から訴願法第八条第一項の訴願期間六〇日以内である同年二月一八日右各許可処分につき農林大臣に対し訴願をなしたが、その後三箇月を経過してもその裁決がなかつたことは被控訴人、控訴人山口県知事間に争いがなく、本件取消の訴は同年一一月二日提起されたものであることが記録上明らかであり、成立に争いのない乙第八号証によれば前記訴願に対する却下の裁決は昭和三七年六月二九日なされたことが認められる。以上によれば、本件取消の訴は許可処分のあつたことを知つた日から六箇月経過後に訴願の裁決を経ないで提起されたものであるが、本件のごとく、行政処分に対し訴願法の定める期間内に訴願がなされた後行政事件訴訟特例法第二条但書の規定により訴願の裁決を経ないで提起された右処分の取消訴訟は、出訴期間が進行を開始する前の状態において提起された適法の訴と解すべきであるから、本件取消の訴は同法第五条第一項の出訴期間を徒過したものというをえず、控訴人山口県知事の右主張は失当である。

二、つぎに右各許可処分の無効確認ないし取消請求の訴の利益について考える。

被控訴人は本件各農地は控訴人金子が前記のとおり昭和二九年離村したことにより農地法第九条、第六条により国が買収すべくかつ同法第三六条により売渡がなさるべきであり、被控訴人はこれが売渡をうくべき地位を有していることをもつて右訴の利益を有すると主張するものと思われるが、右の売渡処分に先行する国の買収処分以前に、農地所有者が農地法第三条の許可をうけて農地所有権を他に譲渡する自由を制限した法上の根拠はこれを見出しがたいから、その買収処分のいまだなされない段階において国からの売渡の相手方となるべき期待的地位を有することを理由として他人間の所有権譲渡の許可処分の効力を争いうるものとはとうてい解しがたい。そして、所有権移転の許可申請の当事者以外の者が許可処分に対し訴をもつてその無効確認ないしは取消を求めうるのはおよそつぎのごときばあいであると考える。すなわち、

農地法第三条の農地所有権移転の許可処分の性質は、所有権譲渡の当事者間の私法上の法律行為に対し、当該所有権移転が農地行政の目的に適合するか否かの観点からその許否を決し、私法上の法律行為を補充してその法律上の効力を完成させるいわゆる補充行為の性質を有するものというべきで、行政処分自体により所有権移転の効果を生ずる農地売渡、買収等の行政処分とことなり、許可処分自体により所有権移転の効果を生ずるものでないことからすると、前述した訴の利益を有する第三者は、たとえば同一農地につき所有権の二重譲渡が行なわれたばあいの一方の譲受人、当該農地の小作人(及びその世帯員以下同じ)のごとく、違法な許可処分により自己の権利を害される者にかぎるものと解するのが相当である。けだし、前者のばあいは他の譲受人に対する違法な許可処分を放置し、右許可を前提として所有権移転登記がなされると一方の譲受人は後に許可処分をうけても自己に対する所有権移転登記をうける途を失うこととなり、後者のばあいは農地法第三条第二項第一号の規定に違反してなされた小作人以外の者に対する許可処分を放置すると小作人は右農地買受の機会を失うおそれがあり、いずれのばあいにも第三者に対し許可処分がなされることにより損失をうけるわけであるから、これが無効確認ないし取消の訴により許可処分の効力を排除する必要と利益があるということができる。

そこで、本件各許可処分の申請当事者でない被控訴人が右の二重譲受人または小作人の如く本件各許可処分により自己の権利を害されるかどうかであるが、被控訴人の主張を検討しても、被控訴人において、被控訴人と控訴人金子間に本件各農地につき前述した私法上の所有権移転の法律行為があつたとの主張をなすものとは認められない。そして、前示の訴の利益を有する小作人とは農地法第三条により使用収益権の設定につき許可(同法施行前は当時の法令により必要とされた許可)をうけたものを指し、同条第二項第一号の法意は右の許可をうけないいわゆるやみ小作人に対し排他的に農地買受の地位を保障するものとはいいがたいからかかる小作人を含まないものと解すべきところ、弁論の全趣旨により被控訴人は控訴人金子が離村した昭和二九年九月頃から昭和三四年八月頃まで本件各農地を占有し耕作していたことが認められるが、右が控訴人金子と被控訴人間の契約にもとづくか否かはさておき、被控訴人において右の使用収益権の設定につき前示の許可をうけたものであることを認めるにたる証拠はない。もつとも、前記甲第四、第五号証、原審証人広石実一の証言によれば、本件買収及び売渡処分に対し金子芳彦が異議の申立をした際、宇田郷村農地委員会の農地委員広石実一ほか一、二名の委員において、芳彦の母である被控訴人に対し控訴人金子が離村したばあいは本件土地をあらためて買収して前所有者に売渡す旨申向けて異議申立を取下げるよう勧告し、被控訴人等は右勧告にしたがつた事実を認めることができるが、右のように二、三の農地委員において将来買収、売渡をすることを言明したとしても、右をもつて前示の使用収益権の設定があつたものとはいいがたいし、右認定事実に反して、前記農地委員会において右の買収、売渡を公約したとの被控訴人の主張にそう前記甲第六号証の一、二、甲第八号証、原審証人近藤重夫の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、第二回)は信用できず、ほかに以上の認定をくつがえすにたる証拠はない。また、右勧告に際し、控訴人金子と被控訴人或はその前主金子芳彦との間に本件各土地につき売買又はその予約がなされたことを認め得る証拠も存しない。したがつて、被控訴人は本件各許可処分により自己の権利を害されたものとは認められないから、本件各許可処分の無効確認ないし取消の訴の利益を有しないものというべきである。

第六、以上により、被控訴人の主位的請求中原判決の認容した部分はいずれも理由がないから棄却すべきであり、各予備的請求はいずれも訴の要件を欠き訴却下を免れない。

よつて右とことなる原判決は不当であり、本件各控訴は理由があるから民事訴訟法第三八六条にしたがい原判決中控訴人等敗訴部分を取消し、被控訴人の各主位的請求を棄却し、各予備的訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本冬樹 胡田勲 長谷川茂治)

(別表省略)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告と被告山口県知事との間において、被告山口県知事が、別紙目録記載甲の土地について、昭和二二年七月一〇日付山口宇田郷ろNo.2買収令書をもつてなした買収処分、および、別紙目録記載乙の土地について、昭和二三年三月一〇日付山口宇田郷へNo.8買収令書をもつてなした買収処分がいずれも無効であることを確認する。

原告と被告金子逸郎、同山下五一との間において、別紙目録記載甲の土地が原告の所有であることを確認する。

原告と被告金子逸郎、同波田兼輔との間において、別紙目録記載乙の土地が原告の所有であることを確認する。

被告山下五一は原告に対し、別紙目録記載甲の土地を引き渡し、かつその所有権移転登記手続をなすこと。

被告波田兼輔は原告に対し別紙目録記載乙の土地を引き渡し、かつその所有権移転登記手続をなすこと。

原告の被告山下五一、同波田兼輔に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一ないし第五項同旨および「原告と被告山口県知事との間において、被告山口県知事が、別紙目録記載甲の土地について、売渡しの相手方を被告金子逸郎と定め、ろNo.23売渡通知書をもつてなした売渡処分、被告金子逸郎から被告山下五一への所有権移転に関する昭和三三年一一月二七日付許可処分、および別紙目録記載乙の土地について、売渡しの相手方を被告金子逸郎と定め、へNo.31売渡通知書をもつてなした売渡処分、被告金子逸郎から被告波田兼輔への所有権移転に関する昭和三三年一一月二七日付許可処分が、いずれも無効であることを確認する。被告山下五一は原告に対し、別紙目録記載甲の土地の地上耕作物を収去し金五万五、〇〇〇円とこれに対する昭和三四年一一月一三日から支払の済むまで年五分の割合による金員を支払うこと。被告波田兼輔は原告に対し、別紙目録記載乙の土地の地上耕作物を収去すること。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

一、別紙目録記載甲の土地(以下「甲地」という)および別紙目録記載乙の土地(以下「乙地」という)は訴外金子竜二良の所有であつたところ、昭和二〇年五月八日、右竜二良が死亡し家督相続により訴外金子芳彦が甲乙両地の所有権を取得した。

原告は、昭和二八年一〇月一二日、右芳彦の死亡により遺産相続をして同人の権利を承継した。

二、被告山口県知事は甲乙両地について次のとおり各買収処分(以下合わせて「本件買収処分」という)、各売渡処分(以下合わせて「本件売渡処分」という)、各許可処分(以下合わせて「本件許可処分」という)をなした。

(一) 甲地について

1、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という)第三条の規定により、所有者を亡竜二良とし、買収の時期を昭和二二年七月二日と定め、同年七月一〇日付山口宇田郷ろNo.2買収令書を同年一一月一四日亡芳彦に交付してなした買収処分。

2、自創法第一六条の規定により、売渡しの時期を昭和二二年七月二日、売渡しの相手方を被告金子逸郎と定め、ろNo.23売渡通知書をもつてなした売渡処分。

3、農地法第三条の規定によつてなした、被告金子から被告山下五一への売買による所有権移転に関する昭和三三年一一月二七日付許可処分。

(二) 乙地について

1、自創法第三条の規定により、所有者を亡芳彦とし、買収の時期を昭和二三年三月二日と定め、同年三月一〇日付山口宇田郷へNo.8買収令書を同年五月一四日亡芳彦に交付してなした買収処分。

2、自創法第一六条の規定により、売渡しの時期を昭和二三年三月二日、売渡しの相手方を被告金子と定め、へNo.31売渡通知書をもつてなした売渡処分。

3、農地法第三条の規定によつてなした、被告金子から被告波田兼輔への売買による所有権移転に関する昭和三三年一一月二七日付許可処分。

三、しかしながら、以下に述べるように本件買収、売渡、許可処分は無効であり、本件許可処分は無効でないとしても取り消されるべきである。

(一) 本件買収処分は次の理由により無効である。

(ア) 本件買収処分は、自作地を小作地と誤認してなされたから違法である。すなわち、甲乙両地はその所有者であつた亡竜二良と亡芳彦において終戦当時まで耕作して来た土地であるが、亡竜二良の弟である被告金子が終戦により外地から引き揚げて(右竜二良死亡後)亡芳彦方に身を寄せるにいたつたので、右芳彦は被告金子に対し、当時ネーブル栽培の果樹園であつた甲地については間作の限度で、乙地については適宜、これを家庭菜園の用地として提供し、暫時亡芳彦との共同耕作関係を認めていたにすぎない。したがつて自創法第二条にいう小作地ではない。

(イ) かりに甲乙両地が小作地と認められたとしても、本件買収処分は、自創法第三条の規定により許容されていた在村地主の小作地保有面積を削減してなされたから違法である。亡芳彦は在村地主として小作地八反歩の保有が許されていたのに、本件買収処分の結果、三反四畝一四歩の小作地を留めるのみとなつた。

(二) 本件売渡処分は次の理由により無効である。

(ア) 本件売渡処分は、右無効な買収処分を前提としてなされたものであるから、当然無効である。

(イ) かりに本件売渡処分が、その前提となつた本件買収処分における右瑕疵のみをもつてしては無効にならないとしても、本件売渡処分には、農地売渡しの相手方適格を有しない者に売り渡された違法も合わせ存するから、無効である。右(一)(ア)で述べたように甲乙両地は小作地ではないから他に耕作地のなかつた売渡しの相手方である被告金子は小作農ではない。また同被告は学校教員をしており、遠からず離農することが予想されていたので、自作農として農業に精進する見込のあるものでもなく、結局、自創法第一六条に定める農地売渡しの相手方適格を有しなかつた。

(三)1、本件許可処分は次の理由により無効である。

(ア) 前述のとおり本件買収、売渡処分は無効であるから、これを前提としてなされた本件許可処分も当然に無効である。

かりに本件許可処分が、その前提となつた本件買収、売渡処分における前述の瑕疵のみをもつてしては無効にならないとしても、以下に示す違法が合わせ存するから、本件許可処分は無効である。

(イ) 本件許可処分は、甲乙両地についてこれを不在地主の所有地として改めてなされるべき買収、売渡処分の各手続を潜脱し、これに代えてなされたものであるから違法である。すなわち、被告金子は本件許可処分以前の昭和二九年九月すでに離農離村していたので、甲乙両地については改めて買収、売渡処分がなされるべきであつた。しかも本件売渡処分当時、宇田郷村農地委員会(および被告金子)と亡芳彦との間には、将来被告金子が離農離村したときは甲乙両地を改めて買収したうえ前所有者の亡芳彦に売り渡す旨の公約があつた。

(ウ) 本件許可処分は法定の許可申請がないのになされたから違法である。被告金子はすでに本件許可処分以前の昭和三三年三月一九日、農地法第三条、同法施行規則第二条の規定による許可申請の取下をしていた。

2、かりに右違法事由が本件許可処分の無効原因と認められないとしても、その取消原因であるというべきである。

原告は前述一のとおり亡芳彦を承継したので、右1(イ)の約旨により昭和三一年四月三日阿武町宇田郷地区農業委員会を経由して被告県知事に対し甲乙両地の買受申請をなしていたところ、昭和三四年一月一三日阿武町農業委員会から右買受申請を却下する旨の通知を受けた。原告は右通知に接して初めて本件許可処分がなされたことを知つた。そこで同年二月一八日農林大臣に対し本件許可処分について訴願を提起したが、三か月を経過しても裁決がないので、本訴において本件許可処分の取消を求める。

四、前段に述べた次第により甲乙両地は原告の所有であるところ、甲地については昭和三四年一月一四日受付第一七号をもつて昭和三三年一一月二七日売買を原因とする被告金子から被告山下への所有権移転登記がなされており、乙地については昭和三四年一月一四日受付第一八号をもつて昭和三三年一一月二七日売買を原因とする被告金子から被告波田への所有権移転登記がなされている。同被告らは原告の所有権を争い、かつ本件許可処分後被告山下は甲地を、被告波田は乙地をそれぞれ耕作し占有している。

五、右のとおり甲地は原告の所有であるところ、被告山下はみずから甲地を占有耕作することによつて原告の占有耕作を妨げ、かつ甲地の北側隣接山林との境界線に沿つて甲地内に生立していた約四〇年生の杉立木約三〇石相当を伐採した。かりに右杉立木の生立していた地域が甲地に含まれないとしても、右隣接山林は原告の所有であるから、原告の権利が侵害されたことに変りはない。原告は被告山下の右占有妨害の不法行為により一万円相当の、また杉立木伐採の不法行為により石当たり一、五〇〇円、計四万五、〇〇〇円の価額に相当する損害をこうむつた。そこで損害賠償として合計五万五、〇〇〇円の支払と、これに対する不法行為後の昭和三四年一一月一三日から支払の済むまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める。

と述べ、被告県知事の本案前の主張(一)および被告山下、同波田の主張三(時効取得)に対し

六、原告は甲乙両地について、前述三の(三)1(イ)の公約により、被告金子が昭和二九年九月離村した際、同被告からその返還引渡しを受け、以後昭和三四年八月ごろまで所有の意思で耕作占有を続けた。その間被告金子、同山下、同波田は占有していなかつたから取得時効は完成していない。

と述べた。

(証拠省略)

被告県知事指定代理人は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、理由として

(一) 後記被告山下、同波田の主張三(時効取得)のとおり、甲地については被告山下の、乙地については被告波田の取得時効が完成し、本訴においてその採用がなされたから、原告には甲乙両地の所有権はない。したがつて原告は本件買収処分の無効確認を求める訴の利益を有しない。

(二) 原告はすでに甲乙両地の所有権を失つているから、本件売渡処分について利害関係がない。したがつてその無効確認を求める訴の利益を有しない。

(三)1、右と同一理由により、原告は本件許可処分について利害関係を有しない(原告主張三の(三)2の買受申請をなしたことによつて、原告が甲乙両地買受の権利を取得し利害関係を有するにいたるものでもない)から、その取消を求める訴の利益を有しない。

2、原告は本件許可処分の取消について訴願を経由していない。また本訴の提起は、原告が本件許可処分のあつたことを知つた日、おそくとも昭和三四年二月一八日から出訴期間の六か月を徒過してなされた。

と述べ、本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、原告主張の請求原因一(権利関係)の事実は認める。

二、同二(行政処分)の事実も認める。本件買収処分は甲乙両地が自創法第三条第一項第二号の小作地もしくは同条第五項第二号の農地に該当するものとしてなされたものである。

三、同三(行政処分の違法)の事実中、その(一)イの小作地保有面積が八反歩であつた点のみは認めるが、その余の事実を争う。その(一)(ア)の主張について、かりに甲乙両地が小作地でなかつたとしても、本件においてこれを小作地と誤認した瑕疵は重大かつ明白な瑕疵とはいえない。またその(一)(イ)の主張について、かりに本件買収処分が小作地保有面積を削減してなされたとしても、同処分を当然に無効にする違法とはならない。

と述べ、原告主張六(取得時効の中断)の事実を否認した。

被告金子、同山下、同波田は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁ならびに抗弁として

一、原告主張の請求原因四(登記、占有関係等)の事実について、同被告らは、「甲乙両地が原告の所有であるとの点は否認し、その余の事実は認める。甲乙両地の所有権は本件売渡処分により被告金子が適法に取得し、本件許可処分を経てそれぞれ被告山下、同波田に適法に移転されたものである。」と述べ

二、同五(損害賠償請求)の事実について、被告山下は、「被告山下は、右所有権移転において被告金子から甲地とその地上の杉立木(原告主張の杉立木)とを合わせて代金四万円で買い受けその所有権を取得したから、原告主張の違法は存しない。」と述べ

三、被告山下、同波田は、「かりに右主張一の所有権取得、移転が適法でないとしても、被告金子は、本件売渡処分として昭和二四年三月三〇日ごろ甲乙両地の売渡通知書の交付を受けて以来、所有の意思をもつて両地の占有を続け、昭和三四年一月一四日、いずれも同被告から、被告山下は甲地について、被告波田は乙地についてそれぞれ引渡しを受け被告金子の占有を承継し、通じて一〇年を経過した。右占有は善意無過失に始められ、平穏かつ公然になされたから民法第一六二条第二項の規定による取得時効が完成している。」と述べ、原告主張六(取得時効の中断)の事実を否認した。

(証拠省略)

理由

一、被告県知事の本案前の申立について

(一) その主張(一)(時効取得事実の援用)については、後記五の(一)認定のとおり取得時効は完成していないから、同主張に基づく申立は理由がない。

(二) その主張(二)(利害関係不存在)に基づく申立および許可処分無効確認の訴の却下を求める申立については、後記三の(四)のとおり、原告の請求中本件売渡処分および本件許可処分の無効確認を求める部分は、予備的請求として判断を要しないし、その主張(三)についても同様に本件許可処分の取消を求める原告の予備的請求については判断の必要がないので、ここでも判断を要しない。

二、そこで以下被告県知事に対する請求について考える。

原告主張の請求原因一(権利関係)、同二(行政処分)の事実は原告と被告県知事間に争いがなく、証人近藤重夫、同広石実一の各証言によれば、本件買収処分は甲乙両地が自創法第三条第一項第二号の小作地に該当するものとしてなされたことが明認されて、これに反する証拠はない。

三、原告主張の請求原因三(行政処分の違法)について

(一) まず本件買収処分当時における甲乙両地の耕作関係を明らかにし、買収手続に及ぶことにする。成立に争いのない甲第六号証の一、二、第八号証、証人金子逸郎の証言、原告本人(第一回)ならびに被告金子本人尋問の結果(右証言と各本人尋問の結果中、後記採用しない部分を除く)を総合すると、次の事実が認められる。

(ア) 亡竜二良の弟である被告金子は、昭和二一年五月二五日外地から引き揚げ、妻子三名と共に本家にあたる亡竜二良の妻原告方に身を寄せ、原告および亡芳彦らと起居を共にするにいたつた。まもなく同被告は病をえて数か月の療養生活を送つたのち、昭和二二年三月ごろ原告の世話で地元阿武郡宇田郷村の宇田郷村農地委員会に勤務し、そのころ原告方屋敷内の倉庫を改造してそこに入居させてもらうとともに、原告方家族と世帯を別にした。そして同年四月二〇日ごろ同被告は阿武郡大井村大井中学校に奉職し、以後教員として右住居から通勤していた。

(二) 前掲各証拠に成立に争いのない甲第四号証、第七号証の一、二、第九号証、証人広石実一、同西村貞雄、同野村武治、同波田重一(第一、二回)の各証言、原告本人(第二回)尋問の結果(証人金子逸郎、同広石実一の各証言と各本人尋問の結果中、後記採用しない部分を除く)、検証の結果を合わせ考えると

(イ) 乙地について

乙地はこれに接続して一部分は同じ高さに、大部分は乙地より一段高くなつている大字宇田字台第一、四七〇番畑地二畝七歩と合わせて原告方「台の畑」として一括利用されていた土地である。つまり道路と、上段の右隣接地にいたる小道とにはさまれた細長い小畑であつて、右隣接地から切り離されて小作の対象となるほどの土地ではない。

被告金子の引揚げに先だつて昭和二〇年ごろ、同被告の姉訴外金子秀子は疎開により、同被告の弟訴外金子祿郎は外地から引き揚げて、それぞれの家族と共に本家である原告方に身を寄せたので、亡竜二良および同人死亡後家計の実権を握つていた原告は、右訴外人らに台の畑の一部を家庭菜園の用地として無償で利用させていた。訴外秀子は被告金子の引揚げと前後して離村し、一方同被告は前示のとおり療養中の引揚者であつて収入の途もなく自家消費の野菜にも事欠いていたので、原告は本家として部屋(分家)である同被告の生活の一助になるようにとの配慮から、昭和二一年秋ごろ、右秀子が利用していた跡地を同被告方の家庭菜園の用地として無償で提供した。原告は台の畑の三分の一ないし二分の一の面積を杉、檜苗の仮植地として、畑作の便宜をはかり植付場所を移しながら使用していたが、昭和二二年終りごろ右祿郎も離村したので、同人が利用していた跡地も前同様に被告金子に利用させ、以後原告と同被告の両者で台の畑を耕作していた。ただ原告としては、自宅に近い台の畑をゆくゆくは妹のため宅地にする心積りもあり、引揚者である分家の家族を屋敷内に引き取つてその面倒を見る一方策としてその一部を暫時提供こそすれ、他人に小作させる考えはなかつたし、被告金子の耕作状況も、昭和二二年春ごろまでは農業経験のない同被告の妻が時々出向き、そのころ以後は同被告自身も勤務の余暇を利用して野菜類を作つている程度で、家庭菜園の域を出なかつた。

(ウ) 甲地について

甲地は、旧街道に面して不規則な馬てい形をなす数段の小さな段々畑である。旧街道に面する部分を除く周囲は原告方山林に囲まれ、亡竜二良の先代当時から果樹園であつた。

被告金子は、台の畑の一部を耕作し始めた昭和二二年春ごろ以後原告に対し、「なお用地が足りないので、甲地の果樹管理の手伝をするから空地利用をさせてもらいたい」旨申し出、右空地を台の畑と同一趣旨で利用することの承諾をえたので、間作として豆等を作つていた。被告金子が間作を始めたころ、甲地には原告の管理するネーブル等のかんきつ類二〇本余り(戦時中肥倍管理が不十分であつたため、かなり樹勢が衰えていたけれども、少なくとも一〇数貫の果実収穫が可能であつた)のほか、かき、くり、びわ等数本が植栽されていたので、本件買収処分当時における同被告の耕作は、甲地の下作というにはほど遠いものであつて、家庭菜園の域を出なかつた(被告金子本人尋問の結果によつても、その後徐々に耕作整備したが、昭和二九年秋ごろまで七年余の耕作期間中に、表作としてあずき最大収穫量四、五升と若干のごま、裏作としてそら豆最大収穫量約一斗と若干のらつきよ程度にすぎず、他の作物はほとんど育たなかつた)。

(エ) 前認定の、被告金子が引揚者で、本家である原告方の援護のもとに生活を立て直し甲乙両地の耕作をしていた事情は居村において明らかであり宇田郷村農地委員会もこれを了知していた。したがつて、甲乙両地は自作地として従前の買収計画からは除外されていた。

(オ) 甲乙両地についての買収計画は、右委員会事務局係員が耕作実態を調査せずにこれを定め、同委員会は小作料の収受のないことを察知しながら、小作地としての買収計画をうのみにして現地にも臨まず手続を強行した。

右各事実が認められる。証人金子逸郎、同広石実一の各証言、原告(第一、二回)および被告金子各本人尋問の結果中、右(ア)ないし(オ)の認定にそわない部分は採用しない。証人近藤重夫の証言中、「買収計画に対して異議申立があつた際に委員会において現地調査をした結果小作地と認定した」という趣旨の部分は、甲地の果樹数について同証言のみが他の証拠すなわち証人波田重一(第一回)、同西村貞雄、同金子逸郎の各証言、原告(第一、二回)および被告金子各本人尋問の結果と著しくかけ離れていること、さらに甲第七号証の一、二と証人波田重一(第二回)の証言によつて認められる買収手続は乙地のみについてなされたのに売渡しの相手方である被告金子には台の畑全部が引き渡されたことに照らし、他の関係証拠と対比して信用がおけないし、ほかに以上の認定を動かすに足りる証拠もない。

(三) 以上認定の事実関係によれば、本件買収処分当時甲乙両地はその耕作経営の主体を原告(亡芳彦)とする自作地であつたというべきである。したがつて本件買収処分には、原告主張三の(一)(ア)のとおり自作地を小作地と誤認してなされた違法がある。しかも右事実関係において甲乙両地を小作地と誤認してなされた本件買収処分の瑕疵は、重大かつ明白である。これに反する被告県知事の主張三は採用できない。ゆえに、本件買収処分はその余の判断に及ぶまでもなく無効である。

(四) よつて原告の請求中本件買収処分の無効確認を求める部分は、甲乙両地についての被告山下、同波田の取得時効が完成していないことも後記五の(一)認定のとおりであるから、理由がある。

しかして、本件買収処分が無効とされれば、被告県知事は当然に本件売渡処分および本件許可処分をも無効として扱わなければならないから、原告は本件買収処分の無効確認と合わせて本件売渡処分および本件許可処分の無効確認をも求める訴の利益を有しないわけである。しかし原告は本件買収処分の無効原因以外に本件売渡処分および本件許可処分自体の無効原因をも主張してその無効確認を求めているのであるから、原告の請求中本件売渡処分および本件許可処分の無効確認を求める部分は、本件買収処分の無効確認の請求が容認されない場合の予備的請求と解すべきである。したがつてこの部分については判断を要しない。本件許可処分の取消を求める部分についても同様である。

四、被告金子らに対する請求の当否について順次判断する。

まず原告主張の請求原因四(登記、占有関係等)の事実中、甲乙両地が原告の所有であるとの点を除いて、その余の事実は原告と被告金子、同山下、同波田との間に争いがなく、同主張一(権利関係)の事実は同被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

五、(一) すでにして本件買収処分が無効である以上、甲乙両地の所有権は被買収者の承継人である原告に帰属すべきであるところ、被告山下、同波田はその主張三において時効取得を援用するから、原告主張六(取得時効の中断)と合わせてその成否を明らかにする。成立に争いのない甲第五号証、前掲甲第四、第八号証、甲第六、第七号証の各一、二、証人波田重一(第一回)の証言、原告本人(第一、二回)尋問の結果を総合して考察すると、次の事実を認めるに十分である。

(ア) 本件売渡処分に対して亡芳彦が異議の申立をしたところ、その審議に当つた宇田郷村農地委員会の委員は、亡芳彦の代理人である原告に対し、「被告金子は学校教員であり、いずれ遠からず離農離村するであろうから、その節は甲乙両地を改めて買収したうえ前所有者の亡芳彦に売り渡す。」旨の内約を与え、その趣旨を被告金子にも申し渡した。その結果右異議は取り下げられ本件売渡処分がなされた。

(イ) 昭和二九年九月ごろ被告金子は転勤により離村した。その際原告から甲乙両地の返還を求められた同被告は、右内約に添つて、甲乙両地の処分は農地委員会に委してある旨を答え、以後甲乙両地の耕作をなさずにこれを放置した。

(ウ) そこで原告は、前示内約があつたので、甲乙両地についてはただ形式上買収および売渡しの手続を残すのみであつて、すでに返還を受け事実上その所有権を取得したものとして、みずから耕作占有を始めた。

右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、昭和二九年九月ごろ被告金子は甲乙両地について占有の意思を放棄し、かつその所持を原告の右耕作占有開始によつて失つたというべきである。そうすると原告主張のとおり被告山下、同波田の取得時効が完成する由もないことは明白である。被告山下、同波田の時効取得の抗弁は採用できない。

(二) 右により甲乙両地が原告の所有であることは明らかである。それゆえ前示四の当事者間に争いのない事実に照らし、原告の請求中所有権確認ならびに引渡しを求める部分は理由がある。また所有権移転登記手続を求める部分は、被告金子から被告山下、同波田への各所有権移転登記、ならびにこれに先行する被告金子のための本件売渡処分を原因とする各所有権取得登記(成立に争いのない甲第二、三号証により明らかである)の各抹消登記手続の請求に代えて、登記上の所有名義人に対し所有者として所有権移転登記手続を求めているものと解されるから、同請求部分も理由がある。地上耕作物の収去を求める部分は次の理由により失当である。すなわち、証人山下茂、同波田孝夫の各証言と検証の結果によると、本件買収処分後甲地には新たな果樹も植栽されているが、それは従前から果樹園であつた甲地をその用法に従い果樹園として栽培管理する方法として、被告金子、同山下において果樹更新のための苗木を植栽しているにすぎないこと、また被告波田は乙地を畑としての用法に従い普通畑作物栽培の用に供しているにすぎないことが明白である。そうすると乙地の地上耕作物はもちろん、甲地上の右耕作物も、権原なく甲、乙両地に付属せしめられ、かつ甲乙両地の従としてこれに附合した物として、原告がその所有権を取得することになるからである。

六 (一) 原告主張の請求原因五(損害賠償請求)の事実について、被告山下が甲地を占有耕作していることは前述四のとおり当事者間に争いがなく、右占有耕作により原告の占有耕作権が侵害されていることはいうまでもない。また前掲甲第六号証の一、二第八号証、証人波田重一(第二回)の証言によると、被告山下が昭和三四年六月ごろ甲地とその北側隣接山林との境界線付近に生立していた約四〇年生の杉立木約三〇石相当を伐採したことが認められて、これに反する証拠はない。

右杉立木が生立していた地域は、証人山下茂の証言、被告金子本人尋問の結果、検証の結果によつて、甲地内に含まれるものと認める。原告本人(第二回)尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。原告本人(第三回)尋問の結果とこれにより成立の認められる甲第一三号証も右認定を覆えすにいたらないし、ほかに右認定を動かすに足りる証拠もない。原告の予備的主張はすでにこの点において理由がない。

(二) そこで被告山下の原告に対する右占有耕作妨害および杉立木伐採の権利侵害行為について、同被告の故意過失の有無を判断する。宇田郷村農地委員会委員が原告に対し、被告金子が将来離村したときは改めて甲地を買収し亡芳彦に売り渡す旨の内約を与えていたこと、被告金子が昭和二九年九月ごろ離農離村したことは前認定五の(一)(ア)(イ)のとおりであるところ、成立に争いのない甲第一号証、前掲甲第四号証、原告本人(第一、二回)尋問の結果によると、次の事実が認められる。

被告金子の離村後、同被告と被告山下の両名が前者から後者への甲地売買による所有権移転許可申請をなしたことを知つた原告は、右内約があつたので、昭和三一年四月三日阿武町宇田郷地区農業委員会を経由して被告県知事に対し甲地の買受申請をなした。右両申請を合わせて審議した阿武町農業委員会は、原告と被告山下の合意をえたうえ、「甲地は不在地主の所有地として改めてこれを買収し原告に売り渡す。ついては、原告は被告山下と協議し甲地の代替地を定め相当価格で同被告に譲渡する。」要旨右条項の協議をなした。ところが右代替地についての協議がまとまらなかつた結果、甲地は実質上被告山下に売り渡されることになり、買収および売渡しの手続を省き便宜右許可申請に対する許可の形式を借りることとし、甲地についての許可処分がなされた。

右事実が認められて、これに反する証拠はない。右事実によると、被告山下は許可処分の形式により実質上甲地の売渡しを受けるに際し、甲地自体の売渡しを受けない場合は原告から代替地の譲渡を受けることについて、原告との間に農業委員会の認める合意があつたにもかかわらず、代替地の譲渡を受けていないのであるから、許可処分により適法有効に甲地およびその地上の杉立木(買収の対象から特に除外された旨の証拠はない)の所有権を取得したと信ずるのは無理からぬところである。そのように信じた結果原告の権利の侵害を招いた行為について、故意過失の責めるべきものがあるということはできない。

よつてその余の判断に及ぶまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。

七、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用する。

よつて主文のとおり判決する。(昭和三九年四月二〇日山口地方裁判所判決)

(別紙)

目録

甲 山口県阿武郡阿武町大字宇田字宮ノ浴第二、一六

〇番の二

畑一反三歩(内畦畔一一歩)

乙 山口県阿武郡阿武町大字宇田字台第一、四六九番

畑地一畝四歩外四歩畦畔

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